中国には清華大学の支配下にある清華紫光集団(せいかしこうしゅうだん)という注目されている半導体関連の企業が存在する。
紫光集団の傘下企業である長江メモリ(YMTC)は、現在NANDフラッシュメモリを量産製造する中国唯一の企業。
さらに紫光グループはDRAM事業にも参入。元エルピーダメモリ社長の坂本氏をトップにまねいて日本でDRAMの設計開発を進めている。
その紫光集団が、ここ最近何度も債務不履行(デフォルト)を起こしているというニュースが出ている。2020年末までに4度の社債の債務不履行を起こしたという。
デフォルト内容
調べたところ以下の情報が確認できた。
- 2020年11月15日、満期を迎えた人民元建て債券13億元(日本円で約210億円)の私募債の償還ができず債務不履行。一度目のデフォルト。
- 2020年12月10日、わずか2億6千万元(約42億円)の社債の利息を支払えず、紫光集団は2度目の債務不履行へ。
- 2020年12月10日、満期を迎えたドル建て債券4億5,000万ドル(日本円で約470億円)を償還できないことを発表。他の債務もデフォルトとみなす「クロスデフォルト条項」により、他の債券約20億ドル(日本円で約2000億円)も債務不履行へ。(2021年償還の債券:10億5,000万ドル規模、2023年償還の7億5,000万ドル規模、2028年償還の2億ドル規模がデフォルトとなる)
- 2020年の終わりごろ、別の元建て債の利払いが滞る。4度目のデフォルト。
紫光集団の2020年6月末時点の有利子負債は1566億元(日本円で約2兆6000億円)。他のグループ会社においてもかなりの負債をもつ。
負債が増えた理由
なぜ、こんなにも負債が増えたのか。まず毎年多額のお金が必要となる半導体事業をかかえることが少なからず影響。
また、2010年に会長に就任した趙会長による過多な企業買収も原因とされる。例として2013年に「kSpreadtrum Communications」を17億8000万ドルで買収、2014年に「Raidec」を9億1000万ドルで買収など。
財務ルールを無視して短期間で会社を大きくしようとして失敗するケースは珍しくない。例えて言うならばソフトバンク孫社長の失敗バージョンみたいなものだと考えていい。
なお、米国オバマ政権時代(2009年~2017年)、つまりアメリカが中国に対する危機意識が低かった頃、清華紫光グループはアメリカのマイクロン(メモリメーカー)やウエスタンデジタル(キオクシアと協業するメーカー)に買収を提案している。
これはアメリカ当局の阻止よって当然成立していないが、趙会長の「やり過ぎ感」がわかる話し。
中国政府のバックアップ
信用で成り立っている世の中で、企業が何度も債務不履行を起こせば、普通ならば業界から退場することになる。
しかし、市場からの信用を失ってもやっていけてしまうのが中国。というのも、この紫光集団は中国政府のバックアップが充実している環境があるようで、日経の記事にそのことが詳しく書かれていた。引用。
赤枠で囲んだ部分が該当する政府系ファンド。持ち株会社の紫光集団と傘下のYMTC(長江メモリ)の間にいくつかの「政府系ファンド」が入り込んでいることがわかる。
- 中国中信(国有複合企業)
- 国家集成電路産業投資基金(政府系ファンド)
- 湖北省科技投資集団(湖北省系の投資ファンド)
以上が「政府系ファンド」に該当。そのため債務不履行に陥っても、傘下のYMTCには資金が投入されていくと予想できる。それにしても、なぜこんな複雑な構造になっているのか?
まず、中国国内の利権の問題と、アメリカの問題だと考えられる。
特にアメリカの問題では、中国の軍拡や言論弾圧、ウイグル問題などを理由として、中国共産党に関わりが深い企業をアメリカが制裁する意志をもっているため、中国政府資金の動きがわかりにくい形を作っているのではないだろうか。考えすぎか。
いずれにしても、そもそも中国はほとんどが国有企業と言っていいので、大事な会社が資金ショートしてしまえば、なんらかの形で共産党がお金を注入するというのは当たり前と考えていい。
今後、データ社会が進む中で特に需要が伸びるのがDRAMやNANDフラッシュメモリなので、自国の半導体メーカーが自立してお金を稼ぐ企業になるまでお金を注ぎ込むしかないというわけ。
習近平の母校
紫光集団は、清華大学という名門国立大学が51%出資する「大学企業」。その清華大学は習近平国家主席の母校でもある。
他にも前国家主席の胡錦濤(こきんとう)や、その他中国共産党要人を多く輩出している学校だったりする。中国トップの出身校なので、このハイテク企業に中国政府の予算が注ぎ込まれやすいという事情あり。
なお、中国は2022年に共産党大会を控えていて、国民に国家の成長を示すため、そして各省の産業利権を守るため、紫光集団のような企業が利用される政治的事情がある。
アメリカからの制裁
情報通信産業を守りたいアメリカは、中国の半導体企業の芽を摘みたい。そのため何か理由をつけて制裁しているが、中国としてはアメリカの制裁を受けても問題ないように国産化を急ぎたい。それが紫光集団に資金支援し続ける理由。
なお、紫光集団は2019年からDRAMに参入を表明しているが、そのきっかけが中国のDRAM企業「JHICC」がアメリカから制裁を受けた事だった。
中国JHICCがアメリカのマイクロンのエンジニアをごっそり引き抜いたことでアメリカから制裁を受け、製造装置の購入が中断。結果、DRAMビジネスが止まってしまった。
中国としてはDRAMメーカーが複数あったほうが良いとして清華紫光グループもDRAMに参入する事になった。
韓国勢との戦い
中国は家電やスマホ、ディスプレー、バッテリーなどのエレクトロニクス産業を国の主力産業に発展させたいという成長戦略をもつ。
そのライバルとなるのがサムスンやSKグループ、LGグループなどの韓国勢。中国から言えば韓国財閥企業の巨大化を抑えたいところ。
現状ではDRAMやNANDメモリをサムスンなどの韓国企業に依存する形となっているが、今後ライバルに利益を上げさせないためにも半導体メモリを育てないといけない事情がある。それが紫光集団への資金援助へとつながっている。
なお、いろいろ細かい事を調べてみると、中国のエレクトロニクス企業は韓国企業をサプライチェーンから外す傾向がある模様。やはり国家ぐるみで韓国企業を潰すような戦略があるのだろうか。
かつて習近平氏がトランプ大統領に対して「朝鮮は中国の一部だった」と言った過去があるが、韓国の「属国化計画」みたいな戦略があるいう事か、それとも筆者の考えすぎか。
CXMTも政府が支援
中国にはすでにDRAMを量産しているCXMTという企業がある。当然、その企業も中国政府の資金が豊富に入っている。
安徽省合肥市地方政府が75%を出資、兆易創新が25%の出資してCXMTが設立されたとされ、特に合肥市(がっぴし)はハイテク産業を育てようと将来性のある企業に積極的に誘致して投資している。
なお、このCXMTがスマホ向けLPDDR(低電力DRAM)の開発を急いでおり、量産が波に乗ってくればDRAMで大儲けしている韓国勢の業績が悪化してしまう事になる。
日本企業にはメリットが多い
DRAMやNANDといった、中国の半導体産業が発展するのは日本にとっては一見脅威に思える。実際そうだが、一方で日本企業にとって良い部分も多い。
- 中国のDRAM企業やNANDメモリ企業が増えることで、半導体製造装置メーカーや素材メーカーが多い日本企業も顧客が増える恩恵を受ける。
- DRAM業界が3社寡占となり、価格が高止まりしているが、中国紫光グループのDRAM参入によって価格競争が促されることで、日本はDRAMの調達コストを抑えることができる。
- DRAMが低価格化することで日本企業のライバルであるサムスンの利益を抑えることができる。
無理矢理メリットをいくつかあげてみたが、NANDフラッシュメモリの中国YMTCの場合、日本のキオクシアと競合となるので、はっきり言えば飛躍してもらうと困る。
しかし、キオクシアが倒産することなく、なんとか存続できれば、中国のメモリビジネスがそこそこ確立しても問題ないように思う。日本は総動員でキオクシアを守る必要がある。