独自技術で製造
長江メモリ・テクノロジーズ(長江存儲科技:YMTC)は、中国の清華紫光グループ傘下の半導体メーカー。創設からすぐNANDメモリ開発企業の中国XMC社を買収してメモリビジネス参入。こういった後発DRAM企業は、知的財産(特許)の問題が付きまとう。
NANDフラッシュメモリの場合、製造技術においては微細化の進展が難しいため、メモリセルを何層も縦に積み上げる「積層化技術」が特に重要。そしてその積層化技術は既存メーカーが特許を囲っている状況。
新参のYMTCは大手他社の特許を避けるため、自社開発の「Xtacking(エクスタッキング)技術」という「ウェハを張り合わせる独自技術」でNANDメモリを製造しているとされる。
Xtacking技術では「メモリセル(記憶セル)」と「CMOS回路(ロジック)」をそれぞれ別のウエハーで製造し、ハイブリッドボンディング技術によって貼り合わせてNANDメモリを製造。(ボンディングとは接合という意味)
これにより、大手他社に負けないレベルのサイズで積層化を実現できる。しかし、YMTCの製造手法は「記憶セル」と「ロジック」をそれぞれ別のウエハーで作って最後に張り合わせる方法であるため、どうしても製造コストが高くなってしまう。
サムスンやキオクシアなどの大手競合と比較して製造コストが50%も高くなるという見解もある。詳しくはこちら。
とは言っても、中国政府からの多額の補助金が出るはずなので、コスト高を理由にビジネスが止まってしまうような事はないと思われる。
YMTCの技術開発の進展
2017年32層の製品用シリコンダイの設計を完了。2017年11月には32層製品を製造。サンプル出荷も開始。
2018年独自技術「Xtacking(エクスタッキング)技術」を発表。同時に64層の3D NAND技術によるフラッシュメモリの試作製造を開始。サンプル出荷も開始。
2019年64層3D NANDフラッシュメモリの量産開始。
2020年128層3D NANDフラッシュメモリ開発に成功したと発表。
2021年128層3D NANDフラッシュメモリの量産開始という報道が中国・台湾・韓国の複数メディアから出ている。
2022年192層3D NANDフラッシュメモリのサンプル出荷を開始したと報道。
2023年232層3D NANDの開発を進め、2023年に量産を目指すとされる。
業界の技術開発状況
- キオクシア-WD連合……2021年時点では112層NANDの量産が中心。2022年に完成する四日市第7製造棟では162層NANDの量産。2023年4月に218層3次元NANDメモリを発表。
- サムスン……2022年時点は176層NANDが中心。2022年後半から2023年にかけて236層NANDの量産を目指すと報道。
- SKハイニックス……2021年時点は128層~176層の量産が中心。2022年夏に238層NANDを開発、2023年からの量産予定と報道。
- マイクロン……2020年に176層NANDフラッシュを開発し2021年から量産。さらに2022年末から232層NANDを製造開始すると報道。
生産状況
YMTCのNANDフラッシュメモリの生産能力(ウエハーレベル)は、2020年末には月産5万枚、そして2021年後半から2022年にかけて月産10万枚のウエハー投入レベルに到達。
世界全体の生産能力が約160万枚とされるので、ウエハーレベルでは約7%程度に相当。
各メーカーの月間生産能力
- YMTC……2021年後半までに月産10万枚。
- サムスン……月産約60万枚。そのうち中国の西安工場が月産25万枚。(2022年時点では全体の42%が中国生産)。付加価値が高いデータセンター向けSSDシェアが高いので収益性や利益率でもトップ。
- キオクシアとWD連合……月産約60万枚以上。(三重県四日市+岩手県北上市)。2022年秋から四日市第7新製造棟で量産開始。北上市第2製造棟は2023年竣工。
- SKハイニックス……月産約25万枚以上。(2022年度から中国のインテルNAND工場が加わる)
- マイクロン……月産約18万枚。(新工場建設にそこまで積極的ではなく、規模よりも生産率を高めようとする戦略)
生産額と世界シェア
YMTCは、NANDフラッシュメモリ市場でどのくらいのシェアを獲得しているのか。各メーカーの四半期ベースの業績推移。
企業 | 2020年10-12月期 売上高・収益 [市場シェア(%)] |
2021年10-12月期 売上高・収益 [市場シェア(%)] |
2022年10-12月期 売上高・収益 [市場シェア(%)] |
---|---|---|---|
1位[韓国] サムスン電子 |
46.44億ドル [32.9%] |
61.10億ドル [33.1%] |
34.80億ドル [33.8%] |
2位[日本] キオクシア |
27.49億ドル [19.5%] |
35.43億ドル [19.2%] |
19.68億ドル [19.1%] |
3位[韓国] SKハイニックス |
28.46億ドル [20.2%] |
36.11億ドル [19.5%] |
17.54億ドル [17.1%] |
4位[米国] ウエスタンデジタル |
20.34億ドル [14.4%] |
26.20億ドル [14.2%] |
16.57億ドル [16.1%] |
5位[米国] マイクロン |
15.74億ドル [11.2%] |
18.78億ドル [10.2%] |
11.03億ドル [10.7%] |
その他 | 2.50億ドル [1.8%] |
7.18億ドル [3.9%] |
3.23億ドル [3.1%] |
- YMTCは現段階では「その他」に含まれる。
- 2020年10-12月期では、市場における存在感が低く「その他:1.8%」レベルだったが、2021年10-12月期になると「その他:3.9%」となり、確実にシェアが上がってきていると推測できる。
- しかし、2022年10-12月期になるとシェアが3.1%へと低下。これは2022年10月にアメリカが発表した対中国半導体規制強化の影響があると思われる。
良品率(歩留り)
2020年~2021年上半期まで128層NANDメモリの良品率が上がらず、歩留りは平均して約30〜40%台だったとされる。しかし、最近は歩留りが上がってきている模様で、量産ピッチも上がっているのだという。
将来の設備投資と工場建設状況
YMTCの設備投資については、2020年から2022年にかけて月産能力10万枚ウエハーレベルの第一工場いっぱいに製造装置を導入し、生産はフル稼働状態とされる。
そして2020年に2棟目の工場建設を発表し、2022年内にも第二工場で生産を開始すると報道されている。増産に向けて2棟目のファブを建設するということは量産がそれなりに波に乗っているという事。
中国は誇張が多く、はっきりとした情報が得られにくいが、2棟目のファブ建設というのはYMTCの製造状況がある程度予測できるニュースだったため業界では話題に。
そして将来的に工場を3棟建設し月産能力で30万枚レベルの工場を作る予定。この30万枚とは2019年の世界のNANDメモリ製造能力の約2割に相当。しかし、中国にしては目標設定が低い。それはなぜか。
- NANDフラッシュメモリ業界は競争が激しく利益が出にくい。
- 知的財産(特許)の問題。
- 製造装置や素材のほとんどがアメリカや日本製。
- さらに半導体の製造はあまり雇用を生まない。
- 米中対立の問題。
つまり、NANDメモリの生産量を増やしても中国の国益につながりにくいため、30万枚という低い目標設定となっていると思われる。
顧客
YMTCの販売先顧客は、パソコン世界大手のレノボ・グループなどの中国企業が中心とされる。
将来的にはスマホメーカーのシャオミ、OPPO、VIVOなどや、巨大データセンターをもつアリババ、テンセント、バイドゥ、ファーウェイなどへ納品量を増やす意向。中国には、メモリを大量に必要とする企業が多いのが強み。
一方で海外企業への納品はほぼない状況。現在はまだ信頼性や安定的な生産量が確立できていないため仕方ない。
アップルのサプライヤー入りが破綻
長江メモリは、品質要求が厳しいアップルへの納品実績があれば、業界で信頼が得られる事から、アップルの主要サプライヤー入りを一つの目標としていた。
そのため、アップルへの熱心な営業をかけており、その成果として一時期、アップルはYMTCのメモリを限定的に調達する計画を持っていた。
しかし、2022年10月のアメリカ政府による中国半導体規制強化により、計画破綻。YMTCはアップルのサプライヤー入りの願いを叶える事ができなくなった。
なお、アップルは中国リスクの問題により、中国への依存度を減らそうとしており、iPhoneやiPad、ノートパソコンを受託製造するホンハイやペガトロン、ウィストロンなどの台湾EMS企業に中国以外への工場移転を求めていたりする。台湾EMS勢はインドに工場を移す動きが活発化。
SSDビジネス
NANDフラッシュメモリ分野で高い利益率を求めるなら付加価値が高いSSDビジネスが重要。
2020年9月にYMTCは、独自の「Xtacking技術」を採用したSSD製品を展開していくと発表。ブランド名は「ZHITAI(致鈦)」。
最初は一般消費者向けとして販売。将来的にデータセンター向けにも広く展開していく見込み。
なお、重要なSSD内臓のコントローラー(ロジック半導体の分野)は2022年時点では台湾のPhison Electronics(ファイソン・エレクトロニクス)とされる。また、独自開発しているという話しもある。
製造装置の取引先
製造装置の調達先は、ASML、アプライド・マテリアルズ(アメリカ)、東京エレクトロン(日本)、ラムリサーチ(アメリカ)、SCREEN(日本)、KLAテンコール(アメリカ)、アドバンテスト(日本)など、有名どころが中心。
中国メーカーでは、ドライエッチング装置ではChina Microelectronics(AMEC)、洗浄装置ではShengmei Semiconductor(ACMR)などもサプライヤーとしてあげられているが、どれくらいの地位を確立しているかは不明。
NANDフラッシュメモリは、積層化が進むほど「エッチング工程」が重要となり、そのドライエッチング装置は市場規模がかなり大きいため、中国は輸入に頼るよりもできるだけ早く完全国産化を急いでいると思われる。
なお、中国政府から国内産の製造装置を優先するように指示されているようだが、今のところ中国産は限定的。
問題点
- 中国には半導体メモリに関する知的財産、エンジニアが乏しい。
- キオクシアやサムスンなどのライバル他社の特許を完全に避けてメモリビジネスを続けることは難しい。
- 独自技術が複雑で、製造コストを下げることが難しい。
- 中国政府資金に支えられた状況で生産量を拡大させ、安売り攻勢による価格破壊を起こせば、アメリカから制裁を受ける可能性あり。
- NANDフラッシュの需要はデータセンター向けが高い比重を占めるが、世界のデータセンター市場はAmazonやマイクロソフト、Googleなどのアメリカ企業が支配している状況。つまり、米中対立の問題でアメリカ企業からの信頼を勝ち取れず、ビジネスが波に乗らないかもしれない。
- YMTCは、中国政府との関わりが深い清華大学の傘下企業であり、政府系ファンドによる多額の出資のもとで優秀な人材が集まる土台が整っている事から、以前からアメリカ国会内で「規制を強化すべき」との声が強い。
【2022年10月追記】米国による規制強化
2022年10月、アメリカは国家安全保障を理由として、中国半導体メーカーへの製造装置やソフトウェア、技術エンジニアなどの規制を大幅強化。YMTCも該当する事に。
規制は大きく分けて5つ
- ロジック半導体……16nmまたは14nm以下のFinFETおよびGAA(Gate-All-Around)アーキテクチャによる3Dチップ関連の規制。主なターゲットは中国SMIC。
- DRAM……配線ハーフピッチが18nm以下のDRAM製造に対応する製造装置の輸出規制。主な対象企業は中国CXMT。
- NANDフラッシュ……128層以上のNANDフラッシュメモリに対応する製造装置の輸出規制。主な対象企業は中国YMTC。
- ソフトウェアや設計ツール……この分野はアメリカ企業が独占的な力をもつが、中国企業への提供を規制。
- 技術支援……アメリカ人が中国の半導体企業で許可なしに開発や生産を支援する事も禁止。
それまでのアメリカは、先端ロジック半導体を製造する中国企業(主にSMIC)に対しての規制が中心だったが、今回の規制強化でYMTCのようなメモリメーカーまで規制が及ぶ事に。
今回のアメリカの動きに日本も追随する事になったため、中国YMTCは技術進展がいったんは止まってしまう事になる。
中国が競争に負けないためには、実質的に製造装置を国産化する必要があるが、それはそれで容易に実現できるようなモノではなく、すべて実現できたとしても20年以上の年月はかかる。
つまり、中国のデジタル半導体分野は、長い期間に渡って限定的な製品の生産に限られる事になり、最先端分野においては競争についていけなくなる。
2023年3月追記
米国からの規制によりYMTCが受けた実害は以下。
- 完成した第二工場への製造装置導入が中断。
- 香港メディアによると、YMTCは社員約6000人をリストラ。全体の10%にあたる人員解雇。
- 2023年3月、中国政府はダメージを負ったYMTCへの129億元(約2550億円)の追加投資を約束したと報道。
追記
- カナダの「TechInsights」によると、2023年7月発売の中国メーカーのパソコンにYMTCのSSDが搭載されている事が確認された模様。