半導体メモリのDRAM企業を失った日本にとって嬉しいニュース。
台湾のDRAMメーカーであるナンヤテクノロジーが最先端DRAMの新工場を建設すると発表。以下はマイナビニュースからの引用。
同社の投資計画によると今後7年間で3000億NTドル(約1兆2000億円)を投じ、独自開発のEUVを採用した10nmクラスプロセスを採用したDRAMチップを月産約4万5000枚で製造する計画としている。
https://news.mynavi.jp/article/20210423-1877654/
EUV露光装置を使った最先端DRAMの量産を目指すという。これは今後も安定的に需要があるデータセンター向けサーバDRAMの量産を想定したものと思われる。
スマホ向け低消費電力DRAM(LPDDR)は、スマホ需要の頭打ちにより限界が予測できるが、一方でデータセンター向けのDRAMは将来性あり。
世界中にあるデータセンターの総電力消費量は、世界中すべての電力消費量の2~3%ほどを占めており、爆発的な電気代を少しでも下げるため、巨大データセンターを保有する企業は少しでも性能の良い半導体を必要とする。その半導体の一つがDRAM。
最先端サーバーDRAMを必要とする企業は、Amazon、Google、マイクロソフト、Apple、Facebook、Twitter、ネットフリックスなどのアメリカ企業や、アリババ、バイドゥなどの中国企業が代表的。
それらの企業は、毎年一定レベルの多額な設備投資をしないといけない運命があり、その運命共同体に加わって巨大企業と「Win-Win」の関係を築こうとしているのが台湾ナンヤテクノロジーというワケ。
日本企業にメリット多い
台湾ナンヤの最先端DRAM参入が、なぜ日本にとって朗報なのかというと、やはりDRAM業界の3社寡占により、DRAM価格が高止まりしている事が理由。
サムスン、SKハイニクス、マイクロンの3社寡占で競争が薄らいでいる中、そこに台湾ナンヤが量産を決めたことで競争原理が再び活性化。
最終的にDRAM価格の下落が期待できるため、そのDRAMを購入する日本企業も恩恵を受けるというワケ。
韓国財閥の巨大化阻止
台湾ナンヤの先端DRAM参入は、日本企業のライバルとなるサムスンやSKグループの巨大化阻止にもつながる。
近年、サムスンやSKグループは、DRAMで爆発的な利益を出すようになっており、それで大儲けした資金が、ディスプレーや車載バッテリーなどへの飛躍につながっている。
それらは日本企業との競合分野であるため、ナンヤの飛躍により韓国財閥勢の膨張を抑える事ができれば、日本企業も投資力で負けてしまうような事態を防げるはず。
日韓対立を台湾がカバー
2019年に半導体関連の輸出管理規制により日韓政府が対立。それにより、韓国はサムスン電子を中心として半導体製造装置や材料の国産化を進めている状況。
実は、それ以前にも装置や材料市場における韓国企業の存在感が、わずかながらジワジワと上がってはいた。そして今後より一層、国産化が進むとは予測できる。
それをふまえ、韓国勢が7割のシェアをもつDRAM市場で、台湾企業が大きな存在となれば、台湾と良好関係にある日本の半導体装置メーカーや材料メーカーにとってもプラスにつながるはず。
結論を言うと、ナンヤテクノロジーの最先端DRAM参入は日本にとって百利あって一害なし。
DRAM市場シェア
台湾ナンヤテクノロジーのDRAM業界における存在感はどれほどか。まずは2020年の第4四半期(Q4)のDRAMシェアを確認。
- 2020年Q4のDRAMシェア
1位サムスン(韓国) 42.1%
2位SKハイニクス(韓国) 29.5%
3位マイクロン(アメリカ) 23.0%
4位ナンヤテクノロジー(台湾) 2.9%
5位Winbond(台湾) 0.9%
6位PSMC(台湾) 0.3%
DRAM業界はトップ3以外は生産量が少ない状態が続いていた。ナンヤテクノロジーはマイクロンの製造技術をもとに一昔前の30~40nmレベルのDRAMを製造していて、わずか2.9%のシェア。
しかし、最先端DRAM製造に向けて製造技術を自社開発し、新工場も建設決定。将来的に12インチウエハーで月産約4万5000枚ほどの生産を目指すとされる。
生産量は、2020年時点でサムスンが月産50万枚ウエハー、SKハイニクスやマイクロンが現在月産25~30万枚レベルなので、それと比べると見劣りしてしまうが、何もしないよりもマシ。
どれくらいDRAMが作れるか?
台湾ナンヤが目指すウエハー月産45000枚のDRAM工場でどれくらいのDRAMが作れるのか?
2021年現在のDRAMメーカーは15nm(ナノメートル)が主流だが、それを基準に言えば12インチウエハー1枚あたり1500個のDRAMが作れるとされる。
そしてDRAMの良品率80%で計算すると、
ウエハー1枚から1200個の出荷できるDRAMがとれることになる。それが月産45000枚ウエハーなので、
月に5400万個のDRAMが生産され、年間にすると「×12か月」で6億4800万個となる。
最近のDRAMの世界総生産数は年間150億個なので、個数レベルの割合でいえば世界の4.3%の物量。
ただし、ナンヤが作ろうとしているのは金額も利益率も高い最先端サーバ向けDRAMなので、個数ベースシェアではなく、金額ベースシェアで言えば、これよりもやや高いレベルとなる。期待したい。
(注)なお、「月5400万個」とか、「年間6億4800万個」とかの数字は、大まかな目安として考えてほしい。
急に動き出した理由
それにしても今まで止まっていた感があるナンヤテクノロジーのDRAM事業がなぜ今頃になって動きが出てきたのだろうか。
業界の利益率が安定
かつて、DRAM業界というと、定期的に大赤字をだすようなビジネスだったが、2012年にエルピーダが倒産した以降は、ビジネスが安定するようになっている。それがナンヤがチャレンジを決意した理由。
半導体の重要性が認識される
台湾はTSMCを中心に半導体産業がかなり盛んな国であり、それが安全保障へとつながっている。中国と対立するアメリカが台湾を守ろうとしているのも、ハイテク産業が台湾に集中している事が要因の一つ。
台湾政府によるサポートのもとで半導体産業を育てる事で、「世界が無視できない国」となり、安全保障につなげようとしていると思われる。
アメリカのファウンドリー支援に対抗
アメリカは半導体製造に関して500億ドル(日本円で5兆円)を補助金を出すと発表。これによってインテルが再びファウンドリー事業に力を入れると表明。
インテルのファウンドリー強化は、世界トップのファウンドリー会社である台湾TSMCのライバルとなり脅威となる。
そこでTSMCのような「受託製造」ではなく、違う半導体産業も成長させる必要があり、結果として台湾政府はDRAMナンヤを支援していくと決めたのではないか。
世界的に半導体産業が社会主義化してしまっていて、アメリカまでも自由主義を歪めてしまう方向になっているが、台湾も黙ってはいられないというわけ。
なお、アメリカは米中半導体戦争以前からインテルやマイクロンなどの半導体を「製造」する企業に多額の補助金を出してきている歴史がある。
インテルとマイクロンに日本円で3兆円以上ずつ、計6兆円以上くらいの補助金を出してきている実績がある。
微細化技術をもつエンジニアがたくさんいる
最先端のDRAMを製造していくには微細化技術が必要。幸運な事に、同じ台湾企業のTSMCから技術供与してもらえるメリットがある。
特にTSMCはEUV露光装置を使った製造技術は世界トップなので、TSMCの英知と技術を活用したいところ。
TSMCから中古の装置を購入できる
ナンヤテクノロジーは、新工場でEUV露光装置(ステッパー)を使った最先端のDRAM製造を目指しているとされる。そのEUVステッパーが一台200億円レベルと非常に高額。
しかし、世界で最もEUV露光装置を導入しているTSMCが同じ国にあるので、将来的にはTSMCの中古品を購入して製造していける可能性がある。
露光装置だけではなく、他の製造装置においてもTSMCの恩恵を共有することができるはず。
中国が先端装置を導入できない
最先端DRAMの製造を確実なものにするEUV露光装置。それを使う事で微細化プロセスの良品率が高くなり、製造コストも下げられるメリットがある。
そのEUV露光装置は、アメリカの規制によって中国企業は導入できない状況。中国にはCXMTというDRAMメーカーが存在し、今後の成長が脅威となっていたが、EUV露光装置が導入できない。
つまり、中国企業は将来的に製造コストや微細化技術で競争に負けてしまう問題を抱えながらDRAM製造を続けないといけない。
そこで台湾は「中国がEUV露光装置を今後も導入できない」、そして「今後も最先端DRAM分野は競争原理が弱い」と見て、挑戦を決意したのではないか。
中国企業が信頼されない分野で勝負
中国にはCXMTというDRAM企業があり、CXMTにおいては2020年末の段階ですでに量産に入っている状態。
そのため、既存のDRAMメーカーは中国企業の急成長を恐れているが、中国企業がどんなに信頼性のあるDRAMを製造しても、米中対立の影響でアメリカのデータセンター企業は中国企業の半導体を避ける可能性あり。
世界的な巨大データセンターをもつ企業は、Amazon、マイクロソフト、Google、アップル、フェイスブック、ネットフリックス、ツイッターなどがあるが、それらは全てアメリカ企業。
ナンヤテクノロジーは今後参入してくる中国企業がデータセンター業界を支配するアメリカ企業から信頼を確立できないと見て、DRAM最先端への参入を決意したと思われる。
ナンヤの歴史
紆余曲折あったナンヤのDRAMの歴史を確認。
- 1995年、台湾の「南亜グループ」が、日本企業の沖電気(OKI)から技術供与を受けてDRAMビジネス参入。沖電気との合弁による「ナンヤテクノロジー」の誕生。
- その後、沖電気の撤退により、提携先を沖電気からIBMに変更。のちにIBMはDRAM撤退。
- 2002年、ドイツのキマンダと合弁で台湾に「Inotera Memories」を設立。
- 2009年、アメリカ金融危機の影響でキマンダ倒産。Inoteraのキマンダ持株分をマイクロンが取得。ナンヤとマイクロンの提携が進む。
- Inotera関連をきっかけに、製造技術をMicronから導入。マイクロンにライセンス料を払いながら、一昔前の20~40nm台のDRAM(DDR3など)を製造。
- 独自の製造技術の開発によりマイクロンからの技術導入を解消。今後はEUV露光装置を活用した最先端DRAM製造に挑戦。
特許の問題が多発する半導体産業において、ナンヤは1995年に参入した後発企業。そのため歴史的に製造技術の獲得に悩まされた経緯があり、どこかと「提携したり離れたり」という歴史が多い。
しかし近年、多くのDRAM企業が市場から撤退して極端な寡占化が進んだ事で、ナンヤテクに挑戦意識が芽生えた。今後は、親会社や台湾政府からのサポートのもとで、大手3社の牙城を崩していく。