3月19日、茨城県ひたちなか市にあるルネサスエレクトロニクスの那珂工場N3棟クリーンルームの火災。その写真が以下。
もうガタガタ。ここまで燃えたという事は、発覚がかなり遅れたと思われる。そして火災が起きた時のマニュアルも無かったのかもしれない。
茨城県那珂工場の全景。火災はN3棟
工場内の具体的な損害の規模。
- ルネサスは日本国内に5か所の製造拠点があり、所有する工場は旧タイプの200mmウエハー工場が多いが、今回の火災は最も生産量が多い300mmウエハー工場。
- 1階クリーンルーム内の面積が12000平方メートル。火災被害はそのうち600平方メートルで全体の5%に相当。
- 焼損した半導体製造設備は11台で、すべての製造装置の2%に相当。
火災面積や被害装置だけで言えばわずかだが、わずかなチリやホコリも許されない半導体工場内に燃焼によるすすが発生しているため、結局は全体が影響を受けることになる。
そして、写真を見れば「復活はもう無理なのでは?」とも思われていた。しかし不死鳥でもあるルネサスならば何度でも復活してしまう模様。
復旧は3か月
3月19日の火災当時、ルネサスの社長の柴田英利氏は「1か月の復旧を目指す」と発表していたが、それは投資家や顧客向けのポジショントークであり、柴田社長も「もっと時間がかかる」と思っていたはず。
そして実際に完全復旧を宣言できたのが6月24日。復活まで約3か月。さすがに1か月で復旧とはいかなかったがスピード復活というのが業界コンセンサス。それでは復旧までの写真を確認。
発生から2日後
以下は3月19日の火災から2日後の3月21日の写真。火災にあった製造装置をクリーンルームから出した状態だと思われる。
そして、少し天井の補修もしているのだろうか。世界的に半導体不足で復旧を急ぐ必要があったため、総動員で徹夜作業が続いたのだという。
そして、火災から約3週間後の4月9日の写真が以下。
火災にあったクリーンルームの清掃と改修工事が終わり、これから新しい製造装置を搬入するという段階。素早い復旧はやはり日本の技。そして、やはり企業秘密の最前線エリアなのでこれ以上の写真は公開されなかった。
完全復旧は6月24日
半導体製造装置の搬入や設定が終え、すべての立ち上げが完了したのは6月24日夜とのこと。3月19日の火災発生から約3か月でクリーンルームの状態だけで言えば、火災発生前と同等の水準に復帰したこととなる。
やはり日本には半導体企業や製造装置メーカーがたくさん存在するだけあって、火災にあった機器の確保もすぐに解決できた模様。これがもし中国や韓国で起こったのならば、もっと時間がかかっていたはずに違いなかろう。
生産量の完全復活
生産量レベルでの完全復旧が7月下旬と発表されていたが、日経の記事によると実際には、7月末の製品出荷量は火災前と比較して9割レベルであったと報道が出ている。
やはりクリーンルームが一度ストップすると生産性が完全復活まで時間がかかるということだが、十分立派な結果。まとめると、火災から製品の出荷量が正常に戻るまで約4か月かかったということになる。
原因
工場火災は「設備老朽化」「装置メンテナンスを怠ったため」ではないかとされるが、真相はわからない。
ルネサスの発表では「火災原因は過電流による引火」ということになっているが、やはりデリケートなビジネスなので隠さないといけないこともあるのでは?と勘繰ったりしてしまう。
火災にあった工場はルネサスの中でも最も大きな工場(12インチウエハー工場)で、しかも世界的に自動車向け半導体マイコンが不足が問題となっている時期。最も起こってほしくない工場とタイミングで起こった悲劇に「スパイがいるのでは?」という人も多かった。
2020年10月に旭化成マイクロシステム延岡工場も工場火災で操業停止した事もあり、やはり何かがおかしい。仮にスパイの仕業だと仮定すると、どのような人達が何の目的で?
Yahooニュースでは「韓国のスパイがいるのでは?」みたいな「疑い系」のコメントが多かったが、やはり日韓対立が深まる中、そういった世論になってしまうのは少なからず理解できる。しかし、これ以上は何も言いますまい。
フォルクスワーゲンの株価がすごいことに
ルネサス火災後、ドイツ・フォルクスワーゲンの株価は6.98%も爆上げ。
トヨタとフォルクスワーゲンは大衆車分野や、自動車販売台数で首位争いをしている競合同士。
ルネサス火災で自動車向けマイコンの供給が止まり、トヨタが減産を避けられないとの思惑からフォルクスワーゲンに買いが集中した模様。世の中はエグい。
なお、ドイツのメルセデスやBMWなどの株価はあまり上がっていなかった。あと韓国ヒュンダイも上がってなかった。市場は土俵が違うと判断しているのか。
被害額は350億円
日本は地震や台風などがあるため、半導体工場が止まることが珍しくない。しかし、最近のルネサスは工場が止まっても金額的な被害は少なくなってきている。
今回の火災においても金額的な被害は350億円ほどくらいとされ、2020年売上高7156億円を基準に言えば、全体の4%ほどということになる。思ったほどの損失が出ない理由は以下。
- ルネサスは、今回の火災にあった那珂工場の他にも、川尻工場、西条工場、高崎工場などに製造拠点をもつ。(滋賀工場や山口工場は閉鎖)
- 近年のルネサスはファブレス化しており、設計は自社だが製造においては台湾TSMCに委託することが増えている。
ルネサスによると、全体の7割が自社生産、残りの3割がTSMCなどに委託しているのだという。製造を委託するようになった理由は、
- ルネサスが生産する半導体も40nm台→20nm台というように微細化が求められる製品があるが、開発コストや製造設備の調達コストが高いので、費用対効果を考慮してTSMCに委託。
- 東日本大震災の教訓から製造地域を分散的にした。
すべてを自社でやるのが理想かもしれないが、製造開発コストに対する利益を考慮すれば、やはり外注した方が得だと判断。それはしょうがない。
なお、同業であるインフィニオン(ドイツ)やSTマイクロ(スイス)、NXPセミコンダクターズ(オランダ)などにおいても、TSMCなどに依存している状況。つまり、ルネサスが特別というワケではない。
それらの企業は微細化を進めたところで、そもそも生産量が少ないためコストに見合わない。そのため、外注するのが当然の流れとなっている。
地震でも被害を最小限に
日本は地震が多いので半導体工場がよく止まる。これを繰り返せば必然的に半導体製造産業そのものが後退してしまう。
しかし、2005年あたり以降に建設された日本の半導体工場のほとんどは、「免震装置」や「制振ダンパー」が導入され、大きな被害は抑えられるようになっている。
例えば、2021年2月13日、福島沖を震源とする震度6の地震で火力発電が停止したが、ルネサスの工場は免震台や制振ダンパーを導入していた事で被害を抑制。
停電から復旧して2日後に後工程向けにウエハの出荷を再開。さらにその翌日から前工程の生産を段階的に再開というスピード復帰を実現。
また、2016年の熊本地震(震度7)においてもルネサスの川尻工場が被災しているが、免震装置を導入していたことで被害を抑えられ、1週間程度で段階的に生産を再開。
要は良い免震装置・制震装置が登場しているようになっているので、自然災害が多いからといって悲観してはいけないということ。日本半導体産業の士気を下げてはいけない。
業績は好調
工場燃えてもルネサス絶叫調。ここ最近の業績は以下。
年度 | 売上高・収益 | 営業利益 [営業利益率(%)] |
純利益・最終損益 [純利益率(%)] |
---|---|---|---|
2020年 | 7156億円 | 651億円 [9.0%] |
456億円 [6.4%] |
2021年 | 9944億円 | 1836億円 [18.4%] |
1272億円 [12.8%] |
近年のルネサスは、欧米のファブレス企業の買収で製品ポートフォリオを拡充できた事や、企業内再編、生産性の効率化を進めた事で、半導体不足が解消した後でも良い業績を維持できると思われる。
今までのルネサスは統合・再編やリストラなどいろいろあって停滞感があったが、波に乗ってきた今後はインフィニオンやNXPセミ、STマイクロなどの同業他社と同じレベルにまで株価が上がっていくはず。